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大阪地方裁判所 昭和42年(ヨ)859号 判決 1968年5月23日

申請人 竹馬稔

右代理人弁護士 東中光雄

<ほか一二名>

被申請人 日本国際貿易促進協会関西本部

右代表者理事長 川勝伝

右代理人弁護士 和仁宝寿

同 門間進

主文

被申請人は、申請人を被申請人の従業員として取扱い且つ昭和四二年四月一日以降毎月二三日限り金三四、七五〇円(但し同年四月分は金一八、九一〇円)を仮りに支払え。

申請人その余の申請を却下する。

申請費用は被申請人の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、被申請人が中国、ソ連、ベトナムおよび東欧諸国との貿易の促進を図るため、貿易上の諸障害を除去し、友好増進の基礎の上に、平等互恵の原則をもって、国際貿易の促進をはかることを目的として昭和二九年に設立された権利能力なき社団であること、そして右目的を達成するため、右社会主義諸国関係機関との連絡提携のもとに、取引の仲介、斡旋、貿易経済代表の派遣ならびに受入れ、技術交流の斡旋とその実現、商品見本市の開催、協力などの事業を行っていること、被申請人には理事会、常任理事会などの機関があり、その下に約二〇名からなる事務局を設置してその業務を遂行していること、申請人が被申請人にその業務担当職員として雇傭され(ただし、雇傭年月日はひとまずさておく)ていたこと、被申請人が昭和四一年一二月二六日申請人に対し、口頭で、同月末日限り解雇する旨の意思表示をしたことはいずれも当事者間に争いがない。

二、申請人は本件解雇は申請人の思想、信条を理由とするものであるから無効である旨主張するのでまずこの点について判断する。

(一)  被申請人の業務が特定の思想、信条、イデオロギーにとらわれることなくおこなわれるべきものであること、申請人の従来担当した主要業務が中国技術代表団の来日受入れ業務、展覧会の開催準備、出品勧誘などであったことはいずれも当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫を総合すると、被申請人の当初の目的は社会主義諸国との貿易を企図していたが、ソ連貿易等については漸次ソ連東欧貿易会に移り、被申請人の業務の実質をみるに、主として中国との貿易を促進することにあること、ことに昭和四一年度においては被申請人の総会で中国との貿易の促進をはかることが決定され、被申請人の全業務のうち九八パーセントまでが中国を対象とした貿易の促進にあったこと、もともと貿易促進事業が相手国との共同事業であるため相手国との友好の増進をはかることを基礎としなければなりたちえないものであるうえ、日中貿易は日中間の国交が回復されていないこともあって日中両国のいわゆる民間の会社、団体により直接行われなければならない現状にあり、しかもその貿易がすべて中国側が呈示し、被申請人および日中貿易促進会らと中国国際貿易促進委員会代表との間に締結調印された「日中貿易拡大に関する議定書」のいわゆる政治三原則、貿易三原則、政経不可分の原則、ことに右政治三原則のうちの中国を敵視しない原則にもとずいて行われなければならないこと、被申請人は中国との貿易を望む約一三〇社の会員を擁し、右会員会社と中国民間団体との貿易をはかるため、日中両国の友好の増進とこれを前提とする日中間の貿易の発展のための取引の斡旋、貿易経済代表団の派遣ならびに受入れ、商品展覧会の開催などいわゆる日中貿易センターの役割を演じていること、被申請人の内部では日中の貿易は規約にもうたっているとおり平等の立場で行われるべきものであるのにかかわらずそれがそこなわれているからあくまで自主平等を基調とした友好貿易を行うべきである旨主張する者があったこと、後記隅井、岡本らもこれに同調していたこと、後記のとおり同四一年一〇月及び一一月には中国展が北九州市と名古屋市で開催される予定になっていたこと、申請人はかねがね自主平等の立場を堅持した上での友好貿易を主張している一人であり被申請人の貿易の実情にあきたらないものを感じていたこと、そして、

(1)  同四一年八月ごろ、被申請人の職員のみならず広く中国との友好親善をはかり、日中貿易の促進を願う商社、団体員を構成員としている日中友好協会の日本国際貿易促進会関西本部班会議において、申請人は、日中両国間の相互理解と友好親善をはかるための試みとして、日中間の貿易の拡大を願う商社、団体の青年を互いに派遣し合ういわゆる日中青年交流の実施に関し意見をのべ、その際、更に、「日本共産党は日中青年交流に反対しているのだから、参加すべきではない。」趣旨の発言をし、同年春ごろから自主平等を基調とした友好貿易を行うべきであるとする日本共産党の立場を積極的に支持する旨述べたこと。

(2)  その後日本と中国との間で右青年の交流を行うはこびとなり、被申請人もその会員会社の青年の代表団を派遣することとし、在阪友好企業の有志が発起人となって組織した関西友好企業青年会議が主体となり、中国側にこれがインビテーションを請求し、中国側がこれに応じて招待電を打電してきたこと、同年九月中旬ごろに行われた大阪市東区所在の友好商社(いわゆる政治三原則を承認し中国との貿易を希望して被申請人に加盟し、被申請人の推薦により中国側が貿易取引会社に指定したもの)および各種友好団体の加盟している友好協会東支部代表者会議において日中青年交流の問題が論議されたこと、その席上申請人が、中国側が招待電を打電してきた経緯を調査することもなく、「中国側が勝手にインビテーションを送って来ることはけしからん」と発言して非難し、さらに、「日中間に複雑な問題を生じている際でもあるので、日本が中国と対等の立場に立って日中青年交流を進めるべきである」趣旨の発言をし、日中青年交流の進め方について批判的な見解を発表したこと。

(3)  さらに、右同会議において、同年八月日本で開催された原水爆禁止世界大会に関する報告があった際に、申請人は、右大会に送られてきた中国周恩来首相のメッセージおよび同大会中国代表団劉寧一団長のこれに関する談話をとりあげ、「彼らの発言はけしからん。日本人民を馬鹿にするものだ。」「同人らの発言は大国主義の日本に対する不当な干渉である。」などの趣旨をのべて同人らの発言を誹謗し、さらに、いたずらに中国に盲従することなく日本人自ら自主、独自の立場を堅持すべきである旨の発言をしたこと。

(4)  申請人は、被申請人の事務所において、同僚の事務局職員らに対し、しばしば右(1)、(2)、(3)記載と同趣旨の発言をくりかえしたこと。

右北九州市および名古屋市で開催された各中国展に協力し、これを成功させるためにあらかじめ東京において全国協力会を、大阪において右大阪協力会をそれぞれ設置していたこと、隅井正典は、日中貿易促進会専務理事及び右全国協力会の副会長であったこと、岡本三郎は同促進会常勤常任理事で同協力会の事務局長であったこと、同年八月二九日中国展張子泉秘書長から隅井、岡本の両氏は中国展に非協力的であり、いなむしろ妨害しているとの理由で同人らの協力の申出を拒絶されたうえ不信を問われたため、同協力会は右隅井、岡本の両名を解任せざるをえなかったのみならず、さらにそのため日中貿易促進会も中国経済貿易促進委員会等中国貿易関係団体との友好関係に亀裂を生じ、遂にその業務活動を停止するのやむなきに至り、のちの同年一〇月二六日これを解散するの憂き目をみるに至ったこと、ところが大阪協力会においても隅井、岡本の立場を支持するものが現われたが、当時被申請人の内部では隅井、岡本らの考え方に対し、それが不当なものとし、中国展ひいては中国貿易を妨げるものであるとの考え方が支配的であったところ、大阪協力会が在阪業界関係者約三〇〇名に北九州市で開催されている中国展を参観させるための参観船を派遣するに際して右隅井、岡本のとった立場を支持するの余りに中国展の開催、参観をこころよしとしない者が乗船し混乱の惹起せられることのあるのをおそれ、同協力会役員会は隅井、岡本を支持する者の乗船を拒否し更にこれらの者の乗船を排除する旨の決定をしたこと、そして前記一〇月七日の参観船出航に関する事務上の打合せに関する被申請人の事務局会議において、大阪協力会事務局長を兼任していた被申請人の古賀事務局長が申請人ら事務局職員に対して中国展に関する指示を与え、右大阪協力会の役員会の決定を伝え、更に被申請人としても中国展を妨害する者に対して強い態度で臨むことおよび隅井、岡本のとった立場を支持する者の乗船を阻止することを指示し、そのために被申請人の職員にこれが十分なる配慮をするよう命じたこと、ところが右隅井、岡本両名に中国側から中国展に非協力であり、またこれを妨害したとして非難されるいわれはないとし、同人らの立場を支持していた申請人は、右古賀事務局長に対して、即座に、日中貿易促進会員らが中国展を妨害することはありえないこと、日中貿易の進め方に関して対立する二つの立場のあること、したがってその一方の立場にたって他方の立場に立つ人々を妨害者呼ばわりすることは当を欠くことをのべ、自ら「隅井、岡本のとる立場を支持する。」「役員会の決定によれば私は乗船する資格はない。」などの発言をし、隅井、岡本のとっている立場を強く支持する態度を示したこと、そのため古賀事務局長は、右役員会の決定にもとずいて申請人を参観船に乗船させなかったこと、被申請人の参観船派遣業務が古賀事務局長の指揮のもとに申請人を中心として行われ、しかも申請人が船内における娯楽係を担当する手筈になっていたため、参観船の出航を翌日に控えて十分なる事務引継ぎも行えなかったこともあって、往路において予定されていた囲碁大会、将棋大会を行えなかったこと、しかし申請人は一〇月八日の参観船の出航まで参観団を送る業務に従事していたこと、そして中国展は一応成功裡に終了したこと。申請人が前記二の(一)の(1)、(2)、(3)に認定した各発言をしたことおよび同(5)に認定した「隅井、岡本を支持する」旨の発言をしたこと、および申請人がかねてから予定されていた参観船に乗船しなかった事実が被申請人の会員業者間に知れわたったこと、そのため、中国との貿易の発展を望み、中国との友好の増進を願う右会員業者から被申請人の職員として業界を指導し中国との友好を高めるよう努力すべき立場にありながら右の各発言をした申請人に中国との友好を破壊する反中国的言動があったとして、日中貿易の阻害されるに至ることを虞れ、申請人の担当する業務については協力できない旨申出るものもあったこと、そのため申請人に被申請人の事務局職員としての適格に欠けるところがあるとして一〇月一四日に退職の勧告をしたこと、申請人は右の退職勧告に応ぜず、なおも隅井、岡本の立場を支持する旨固執したので、一一月一日から自宅待機を命じ、同年一二月二六日本件解雇の意思表示をしたこと(この点は争いがない)がそれぞれ疎明され(る。)≪証拠判断省略≫

以上の認定事実によると、被申請人は、申請人の言動が中国および同国との貿易を希望する会員会社の耳に入り、ひいては中国との貿易がそこなわれることを慮って、あらかじめ、それを排除するために本件解雇を行ったものであるとするのが相当である。

ところで、申請人の隅井、岡本路線を支持する旨の発言、その他右一連の発言は、当時の日本共産党の考え方とその趣旨を同じくするものであるところ、申請人は右立場を宣明した昭和四一年八月頃からも、単に右の如き発言をしたのみであって、被申請人の業務を妨害したわけでもなく、いわゆる乗船問題についても、被申請人からそれが拒否されたにもかかわらず、発航までその業務に従事し、何ら妨害行為を行っていないのであり、申請人が乗船しなかったことによる被申請人の業務上の支障も前記認定事実のもとにおいては極めて軽微なものであったといわざるをえない。(従って、この事実は未だ解雇事由とはならない。)そして、申請人の右発言は、同人の右従前の態度からすれば、それ自体、未だ被申請人に対し現実又は明白に企業を破壊する危険を伴うものであるとし、或は被申請人の事業目的の遂行に重大な支障を与えるものとするには、いささか早計のそしりを免れない。隅井、岡本両氏が中国から批判せられ、ために、中国貿易関係団体との友好関係に亀裂を生じ、日中貿易促進会がその業務活動を停止するのやむなきに至ったことも、申請人が、隅井、岡本両氏の如く全国協力会の副会長、事務局長という枢要の地位にあったわけでなく、被申請人の単なる一事務局員にすぎなかった事実を考慮すると、特段の事情の認められない本件においては、申請人の発言を以て未だ右の如き現実的な危険の発生を肯認することはできない。そして、友好商社の前記危惧も前記疎明によれば単なる危惧にすぎないものと考えられ、これ亦現実的な危険の発生とみることはできない。これらの事実と、≪証拠省略≫により認められる被申請人が、昭和四二年三月頃からその事務局員前川己佐子に対し、同女がいわゆる隅井、岡本路線を支持していることを理由に、その業務をとり上げ、種々のいやがらせをして同女の退職を強要するが如き態度をとっていた事実を合せ考えると、被申請人は、申請人の発言が、その事業目的の遂行に支障をもたらすであろうという単なる抽象的危虞に基いて、申請人に対し本件解雇をなしたものというべきである。かくの如き単なる抽象的危虞に基く解雇は、申請人の思想、信条を理由として不利益な処分をしたものといって妨げない。そして、被申請人主張のいわゆるテンデンツベトリーブなる法理が本件に適用せられるべき場合でないことは多言を要せずして明らかである。

被申請人が中国との友好を基礎理念とする特殊性を帯有した団体であることは、右一で述べたとおりであるが、申請人がかかる事情を充分認識し入社しながらあえて反中国的言動にでる場合に被申請人はその犠牲において申請人の言動を黙視する必要はなく、被申請人は事業目的推進のためにこれを排除しうるものと解するのが相当である、このことはドイツ法において個人の思想、信条に基づく行為に関連して、すなわち事業が思想、信条に関連した特殊性を有しているとき、例えばカトリック宗教を基本理念とする学校においてそのことを熟知しながら反カトリック的言動をあえて行う教師らは事業外に排除できるという所謂テンデンツベトリーブなる概念が認められていることを思いあわせても充分理由のあることである。

そうすると、本件解雇は、思想、信条による差別的取扱いに該当し、憲法第一四条、労働基準法第三条にそれぞれ該当し、したがって民法第九〇条により無効であるといわねばならない。

三、以上の判示に従えば、申請人は依然被申請人の従業員としての地位を有し、賃金の支払いを受けうる権利を有することが一応認められる。そして申請人が被申請人から毎月三七、二〇三円の金員の支払いを受けていたことは当事者間に争いがなく、その内訳が、本給二八、五〇〇円、家族手当(扶養家族二人)三、〇〇〇円、勤務手当二、〇〇〇円、住宅手当一、二五〇円、通勤費の実費二、四五三円であること、その支払日が毎月二三日であることは被申請人の自陳するところである。(賃金の支給日が毎月二二日であることについてはこれを認むべき疎明がない。)さらに申請人が会社から受ける賃金(但し通勤費の実費を除く)を生計の資としていたことは弁論の全趣旨により疎明せられるので、申請人には通勤費の実費を除くその余については毎月二三日限りその支払を受ける必要があるものというべきであるが、右通勤費の実費については過去のものはこれを要したことの疎明がなく、将来の分も被申請人の任意の履行にまつべきが相当であると解するので、この点については金員支払の仮処分を命ずる必要性はないものというべきである。また昭和四二年一、二、三月分および同四月分として金一五、八四〇円の支給を受けていることは≪証拠省略≫と右認定事実とにより明らかであるから、申請人は同四月分残金一八、九一〇円および同年五月分以降一ヶ月金三四、七五〇円の割合による金員を毎月二三日限り支払を求めうるものというべきである。

そうだとすると、申請人の本件仮処分の申請は右認定の限度において理由があるから、保証をたてしめずしてこれを認容することとし、その余は失当として却下すべく、申請費用の負担につき民事訴訟法第九一条を適用し、よって主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大野千里 裁判官 谷口敬一 裁判官近藤寿夫は転任につき署名押印できない。裁判長裁判官 大野千里)

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